お客様とのかけひきが、言葉のやりとりが、たまらなく楽しい、ここ近日、そう思っております。
語りのポジションが面白く感じられる、そういう理由もあるかもしれません。お客様の顔を直視しながら上演する緊張感。
たとえてみたら、『釣り』かしら。お客様は魚で、言葉をエサとしたら、演者の舌と表情は糸とサオってところ。言葉を操って、お客様の心を釣り上げる。してみるに影絵は、定置網かしら?
やっぱり、しらさぎ座のような芝居小屋で上演を打ってるからなのかしら、とも思ったりします。
今までは、ほとんどが幼稚園から小学校、中学校の上演でしたので、どこか、授業であるという思いがあったりしたのかな。こどもたちだけに見せる舞台ももちろん面白い。イマジネーションに富み、レスポンスは更にパワフルで、しかし、飽きるときは冷酷と言っていいほど瞬間的。でも、とっつきも瞬間的だから注意していないと判断を誤るんですな。
今回、ほとんどが大人のお客様への上演になっています。たまには酔っ払いもいるし、マナーのよろしくない方もおられますが、よく観てくださいます。むしろ、こどもたちに見せるよりもやりやすかったりする。
何より、お客様のナマの感想をすぐに聞ける環境というのもまたありがたいんです。開場してお客様を客席に案内し、終演してからお見送りをする。芝居だけではなく、そういった時間もお客様とのやりとりはあります。そこが、案外と芝居への布石だったりするんです。客入れの段階でのたあいないおしゃべりがけっこう重要だったりするばあいが多い。
おしゃべりを好みそうなお客様と、そうでないお客様を見分ける術が、そこでは求められます。表情を見て、意を決してトーク!上手くいけば、ほかのお客様も食い付いてきて、一網打尽、笑いのひとつでもとれればぐっと芝居がやりやすくなりますね。
ふと、思ってみるのですが。
人とのやりとりが苦手だった中高生時代がなんだか別人の記憶のようです。そう、あの頃は、学校に行ってもひと言も喋らない日があったりしたものですが…。
所謂ネクラだったわたしの少年時代。イジメにも耐えてましたのう〜。あの頃の友人は、口をそろえて言います。
『芝居をやってるなんて信じられない』と。
わたしも信じられませんね。自分で自分を信じられないのも本末転倒です。
どこでどう歯車がずれたのか…とは、オフクロがよく言う言葉。
若い頃に言葉をまともに使ってなかったから、今、奔流のように言葉を使っているのかしらん。たまに自分でも自分にびっくりするときがあります、『よくもまあこんなにベラベラと言葉が続くものだ』って。もともとこんなにお調子者だったかしら、などとね。
どのへんで、この仕事に対する思いのようなものを確立させたのか。
それを解読するには、更に時間がかかりそうです。
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