« 高松2日目。 | トップページ | 高松3日目。 »

2008年11月28日 (金)

舞台へのこだわり。

先日、舞台経験でははるかにわたしより先輩のかた(影絵ではまだ数年です)と、今の自分の『影絵』という分野に対する自分なりの考えを言う機会がありました。

そういわれてみると、あんまり『考え』を具体化したことはなかったな。
少しずつ話してみたんですが、案外とエラソーに出てきます、ペラペラと。瞬間的に勝手に奔流した言葉に自分で半分、(ここまでこだわっていたか)という驚きと、今のこのスタイルの奥深さを再認識させられました。そりゃ、もう17年も舞台あがっているわけですもの、なんらかの考えやこだわりがなきゃいけません。わたしはそう思います。それが他人に分かってもらえるかどうかの問題はさておき、自分で主張できるような、『こうだ!』と胸を張って言えるようなことがひとつでもなきゃね〜。

例えば、普通の人は、もちろん、自分の『影』は、見ることができるでしょう。
晴れた日に、外で、足元を見ればいいわけです。そこから伸びている真っ黒の影をすぐ見て取ることができる。
でも、自分の影の『後ろ姿』はなかなか見る機会はないでしょうね。影の『視線』も。
……。あんまり具体的ではないですね。では、『横顔のライン』ではどうでしょう。もっと細かく言うと、『口元』とか、『鼻先』とか、『まつげ』の影は?
ちょっと意識しないと見ることは出来ないと思います。
なんだかミョーな話になってきました。

自分の『影』でお芝居をすること、それはまず『自分の影を見ること』だと思います。
そのまんまのことなんですけど、それがなかなか伝わらない。なるほど。その先輩と話していると、よくわかります。舞台経験の豊富であること、『影』を使ったスタイルになかなか入り込めないことなど。
でも、意外と答えはすぐそばにあると思うのです。
『影』は、客観視された自分の姿だと思えばね。
どんな舞台芸術でも、もっと広く言えばどんなお仕事でも『客観性』は大事だと思います。自分を見つめるもう1人の自分。落ち着いて自分の演技を解析してダメを出して、より良く楽しく、面白くしようとする自分が。
普通のお芝居だと、それこそ自分の魂のかけらを無理矢理抽出して、客席に飛ばしてそこから自分の演技を見なくちゃいけない(かなり乱暴な表現ですな…)。けれど、自分の影ならすぐそばにいます。すぐそばで自分を見られる。
わたしは手だけで数十種類の動物の影を作り出せますが、動物になっても一緒です。うさぎになってもふくろうになってもりすになってもやっぱりそれは自分。影絵人形を操るときも

で、客観視した瞬間に、自分の肉体が消えてしまうような錯覚を憶えたこともあって…。
な〜んて、さらにミョーな話になってきました。そろそろまた次の機会に書こうかな。

今の代表の演出はあんまり好きではないけれど(!)、
『演技や台詞はロジックだよ』
って言ったことには、ちょっと感銘を受けたりしてます。

|

« 高松2日目。 | トップページ | 高松3日目。 »

コメント

この話、絶対聞かせてください。
うちの劇団員の何人(全員と言えない悲しさですが・・・)かは感動します。食いついてくるはずです。

投稿: さくま@夢屋 | 2008年11月28日 (金) 午前 10時06分

さくまさん。

とんでもございません…単なる私観ですし、人に話すようなもんでもありませんよ~。
でも、お酒を飲みながらのヨタ話としてならオッケーです。テレテレとお喋りさせていただきます。

投稿: しゅう | 2008年11月28日 (金) 午後 04時06分

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 舞台へのこだわり。:

« 高松2日目。 | トップページ | 高松3日目。 »